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第三回「フォーラム・現代東アジア研究」開催情報

 1月29日(土)17時より、第三回「フォーラム・現代東アジア研究」を開催いたします。前回に引き続き、明治大学准教授の丸川哲史さんのお話となります。

 テーマは「世界史における現代中国の位置」。

 様々な矛盾を抱えつつ、新たな超大国として浮上した中国。では中国とは一体何なのか、世界史という視点から中国を捉えようというものです。

 参加希望の方は、事務局宛にその旨お送りいただければと思います。

■参考
第二回「フォーラム・現代東アジア研究」報告
第二回「フォーラム・現代東アジア研究」開催情報

第二回「フォーラム・現代東アジア研究」報告

 明治大学准教授の丸川哲史さんをお迎えし、お話をいただいた。

 設定したテーマは3つ、「現代中国における改革開放とはなにか」「現在の中国において中国共産党とはなにか」「現在の中国内部のナショナリズムの構造」、加えて若者や大学の事情、劉暁波氏に関してなど。

 まず重要なのは、中国という国家は、人類史上に類例のない国家として登場していることを踏まえるべきである、ということだ。準拠すべきモデルを持たない国家としての中国、アメリカとも、日本ともソ連とも違う路線を追求している、ということである。

■近現代中国を見る上での基本的視点

「もともと資源の少ない発展途上の人口大国が、のっぴきならぬ周辺の地政学的環境の圧迫の下で、主要には政府が自民族に対して搾取する内発型蓄積を通して工業近代化を追求した経験プロセスにある」
 ──温鉄軍『百年の中国・一つの波動に四度の屈折』より(「中国にとって、農業・農村問題とは何か?」作品社・2010所収)

 そして重要なのは現代中国において誰が土地改革を行ったのか。

 日本ではGHQが行ったが、中国では共産党が行った。抗日戦後の国共内戦(1945~49)において、共産党が農民の支持を獲得した理由は、既に20年代からの農民運動において、土地改革=地主の土地を小作人に分配し、自営農を創出することを行っていたからである。農家の次男等が共産党軍に従軍し、国民党系の地主を追い出した。土地改革を行ったのは共産党の統治者としての正当性の強い証左となる。

■経済開発と土地改革

 現代中国の経済建設の歴史としては、国防上の理由からまずソ連式の重化学工業化を受け入れ、その後中ソ関係の悪化により、日米欧の設備を導入することによりソ連式の重化学工業路線を修正、そして改革開放、グローバル経済の中に組み込まれて行く流れがある。 

 重化学工業偏重の経済建設は、必然的に農村からの厳しい収奪を伴った。都市戸籍と農村戸籍の2つの戸籍制度は1953年に導入されたが、理由としては都市へ供給する農作物を確保するため。農村を犠牲にした上での工業化、というのは中国では通説。

「政府は極度に分散しまた余剰の少ない億万の伝統的小農に対して工業化のための原初的蓄積を行うので、必然的にその交換の費用は異常に高くつく」
(温鉄軍・同上)

■矛盾の断続的なつじつま合わせの歴史

「モデルがない」ことによる、行き当たりばったりとも取れる国家運営を、建国以降行ってきたこと、についても考える必要がある。
 土地改革により農民に土地を分け与えたが、農業の集団化を目指す、など。農業の集団化は重化学工業建設、ひいては国防の為の食糧確保。

 第二次天安門事件(89年)と農村の関係。当時、農村は比較的状況がよかった。
 改革開放の流れのもとですでに土地は再度農民に分有化されるようになっており、農村の余剰人口も郷鎮企業などへ吸収させる構造ができ、経済的に潤っていた。一方で、都市労働者の状況はそれほどよくなく、それが天安門事件に結びついた。当時の民主化運動は、農民の呼応がまったくなかったのである。その後都市労働者への対応として、労働者に年金を与えるなどの措置を行った。

 一方、朱鎔基(ソ連派)の登場以降、都市を優遇し農村が疲弊する。90年代以降、それが全土での農民暴動の頻発を招いた。都市と農村、極端にゆれる。

 経済主体が中国共産党のみ、という問題。中央政府が金融・財政政策までとりしきる。

 ちなみに、地方の開発問題、例えば土地収用等は地方政府が行っている。現段階では中央政府はすでに開発には関与しない構造になっている。地方=産業資本段階、中央=金融資本段階。

■ナショナリズムについて

 辛亥革命を起源として、帝国主義の時代に発生した中国ナショナリズムの性格として、非常に国家主権の防衛に対しては敏感な性格を持つ。そもそも「漢民族」がDNA的に特定できるものではなく、中原(黄河中下流域)の農業民を他者が「漢」と読んだことに由来するもの。

 とにかく主権防衛には熱心。台湾も、台湾政権が共産党政権と別に存在するのはよいが、独立は否定という立場。

 チベット、ウイグルの問題。中国の主権と少数民族問題のあつれきと妥協。

 北朝鮮、金正恩が後継者となることの決定、中国共産党常務委員のみが外国の人間として見届けた。清朝的な冊封体制の復活か?

■中国共産党について

 7000万人を数える党。一党独裁だが、その中にはネオリベ派から守旧派まで、幅広い層が存在する。外部からはわかりづらいが、基本的には党内部にさまざまな人脈の系譜が存在する。

 一党独裁であるがゆえにアジア金融危機(1997~98)に迅速に対応できた、というのも事実。

 太子党、共青団、という2大派閥の対立という訳でもない。胡錦濤の後継者とされる習近平(太子党)も、地方での政治経験を経て自らの人脈を作っている。

■中国の大学問題、若者問題

 ホワイトカラー層を増やすため、大学生が非常に増えている。ただ職がないなどの問題もある。優秀だが教養教育が軽視されている傾向も。

 教師に対し、例えば就職のために学生が露骨な付け届けをする習慣があることや、「就職に有利」ということで共産党に入党する学生が多いといったこともある。後者の、就職目当てで入党する学生に対しては、党員としての資質に関し、古参党員の中にはあまりよく思わない層も存在する。

 中国版ワーキングプア、「蟻族」の問題。

 また、教育水準の高い労働者世代の登場。広東省の労働争議(例えばホンダの争議)なども、親の世代とは違う学のある労働者が登場し、行っている。

 極端から極端にぶれる政策のためもあり、中国の政治運動は世代間格差が激しい。一つの運動の参加者が5歳以内におさまる。昨今の反日デモにもその傾向。

■劉暁波氏

 ノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏の評価について。
 そもそも彼の著作が読まれずに、持ち上げられ評価されている現状がある。劉氏は香港を基点に文筆活動をしているが、多くの中国人の感覚から外れていることも事実。西欧の社会モデルをそのまま中国社会に適用(例えば土地の私有化)せよ、というスタンスに関しては疑問が残る。「文革まで暗黒の中国」という中国近現代史の評価も、ただ否定するだけでは共産党の公式評価と同じ。中国民主派の系譜が文革後期の政治活動から生まれているのも事実。ただ、劉暁波氏を逮捕するべきではない。



 以上が丸川哲史さんのお話だった。

 以下は私福田の感想です。

 史的運動としての中国、つまり「中国」そのものが歴史上の一大プロジェクトとして駆動しているということを強く認識させるものであった。
 現在においても東アジアにおいては主権国家、そしてナショナリズムは運動として強い力を持っている。史的運動としての中国が地球上に超大国として登場するということ、そしてその運動が持つ歴史、構造に立ち入ること、そのこと自体に気づくこと。
 
 共産党支配の正当性、その基礎は中国において誰が近代化を担ったのか、という点である。具体的にはその土地改革の主体は誰であったのかという点である。前近代的な社会構造を変革させるため、20年代よりその支配領域において土地改革を行ってきた共産党には、国家支配の正当性を唱える根拠があるし、その正当性は中国社会でそれなりに共有されているだろう。共産党支配の現状に批判的な人間であっても、その歴史的プロセスを無視することはできないだろう。
 そして、近代化の遂行に強い正当性を与えるのが帝国主義への反応、抵抗のナショナリズムである、ということも記しておく。

反帝国主義ナショナリズムの運動、土地改革、などへの歴史的感覚、中国ではこれは当たり前のこととして認知されているが、日本には(少なくとも中国を見る上だけでも)あまりにもその視点が欠如していることが相互認識の上で重大な齟齬を生んでいる。
 今回、中国を見る上で基本的に外せない視点を提供していただいた。
 
 以下話は飛ぶ。

 少し前、台湾に関する文章を読んでいて引っかかりがあった話があった。内容は「21世紀になっても強い、主権国家を作り出そうという東アジアのナショナリズムの運動の中において、台湾にはどこにも居場所がない(大意)」というものだ。
 大陸中国は何事も激しい。一方でナショナリズムという史的運動の中に居場所を持てない台湾。台湾が本来的に抱えざるをえないこの疎外感。だがこの疎外感は、個人的にグッとくるものがある。

(文責・福田慶太 フリーライター、編集)

「フォーラム・現代東アジア研究」第一回・第二回を終えて

 事務局の佐々木俊輔です。去る12月18日、明治大学准教授の丸川哲史さんを講師に迎えた二回目の「フォーラム・現代東アジア研究」が開催されました。丸川さんのお話の概要は近日中にこちらに掲載する予定です。もうしばらくお待ちください。

 さて、「フォーラム・現代東アジア研究」は第一回と第二回を終えたわけですが、いずれも充実した研究会となりました。「設立趣意」にもあるように、ともかく東アジアを知るというのがこの研究会の大きな目的の一つですが、その意味で、非常に密度の高い情報のやりとりが行われているのではないかと思います。

 第一回では、ノンフィクションライターの安田峰俊さんを講師に迎え、中国の若者世代、「80後」に関するお話を聞きました。「80後」というのはざっくり言えば開放政策以後に生まれたノンポリ世代で、ネット文化とも親和性が高く、政治的なしがらみを越えてビジネスライクなつきあいが可能な層だという印象があります。わたしは個人的に、そういった層に希望を感じました。たとえば中国で仕事をするときに、さまざまなことがスムーズに進むのではないかと思うからです。

 第二回では、明治大学准教授の丸川哲史さんを講師に迎え、中国ナショナリズム、また中国共産党による政策の歴史を中心に、より俯瞰的な中国の状況についてお話いただきました。詳細については後日掲載の記事をご覧いただきたいと思いますが、中国の巨大さと複雑さが的確な分析によって明らかになりました。中国内部は共産党が時代ごとに変更した政策によって分断されており、少数民族が住む国境地帯ではロシアや中東、さらにアメリカの思惑が複雑に入り乱れ、日本との関係は台湾との関係を見なければ正確に理解できないようです。

 事務局をやっているからというわけではないのですが、第一回、第二回を通じて、どんなメディアによる「中国解説」よりも中国のことを知ることができた、というのが率直な感想です。第二回で感じたことですが、中国は恐ろしく複雑な国家で、ちょっと勉強した程度で理解できる国ではありません。しかし、今の日本に蔓延しているのは「中国? 知ってるよ、あのどうしようもなくバカな国だろう」という雰囲気ではないかと思います。世界の政治・経済の中で中国の地位が上がりつつあるのは事実だと思われます。またそのことが日本にとって脅威となっているのも事実でしょう。ただ、そのことを直視せず、何となくわかった気になって、中国のことを意識から排除する風潮が今の日本を覆っている気がします。

 今月一八日、内閣府が日中関係についての調査結果を発表し、その中で中国に「親しみを感じない」とする回答が七七%だったことで話題になりました。「中国に親しみを感じるか」という質問に意味があるのかわかりません。その質問に対して「親しみを感じる」「親しみを感じない」と回答することに意味があるのでしょうか。「親しみを感じようが感じまいが、重要であることに変わりはなく、何とかうまくつきあっていく方法を探る必要がある」はずですが、「親しみを感じない」という回答が七七%もあることで、「そうだよな、中国って嫌な国だよな」と思って、多くの人が何となく安心するのかもしれません。

 この研究会ですが、個人としてのわたしたちが、中国を始めとする東アジア諸国と「何とかうまくつきあっていく方法を探る」ためにあるとわたしは考えています。これまでの不勉強が祟ったせいもあり、高度な話題に頭がくらくらすることもあるのですが、何とかついていきたいと思います。

文責:事務局 佐々木俊輔

北京の超高速タクシー

 先日、先輩ライター・小野登志郎氏の取材に同行する形で、北京に行ってきました。わたしにとっては、北京の訪問も初めてでしたが、中国の訪問も初めてのことでした。尖閣問題で盛り上がっている時期だったこともあり、中国に行くのは憂鬱だったのですが、結果としては非常に充実した取材旅行になったと思います。恐ろしく活気があり、オリンピック以後も成長が続いていて、さらに今後の成長を担うクールな若者が育っているというのが、わたしが北京に持った印象でした。日本のメディアを通じてぼんやりと抱いていた中国のイメージががらがらと崩れたというのが正直なところです。メディアは、経済的・政治的な脅威としての中国という、中国のネガティブな側面を主として報じますが、それは当然のことながら、日本側の文脈に依っています。しかし、一度日本を出て中国側に立ってみると、別の側面が見えてくるということなのかもしれません。

 とにかく北京は圧倒的に都会でした。もちろん、商業の中心地である上海には敵わないのでしょうが、中心部には100メートルを超える超高層ビルがにょきにょきと立ち上がり、複合型のショッピングモールがあちこちに出現しています。それも、闇雲に建てているわけではないようです。世界中から集まった建築家が最先端の建築デザインを競うように盛り込んでいて、見たことのないような近未来的なビルがいくつも建ち並んでいるのです。おそらく、それが北京を「圧倒的に都会」だと感じる理由でしょう。視覚的に未知なものを見て、北京のほうが東京よりも先を行っていると感じるわけです。ビルの1階部分にはアルマーニやプラダやバーバリーが入っていて、ショッピングモールではユニクロと資生堂が手に入り、至るところにマクドナルドとスターバックスがあって、道行く人はお洒落で洗練されています。

 北京オリンピックが成功裡に終わった理由がなんとなくわかったような気がしました。先進国に住む外国人が北京を訪れても、不便に感じることはあまりないのではないかと思います。ただ、中国特有の「愉快」な部分がなくなってしまったわけではありません。たとえば、超高層ビルですが、竣工して1年ほどしか経っていないのに、外壁や内装がかなり劣化しているというものがいくつもありました。またショッピングモールですが、店員たちはかなり「リラックス」しています。わたしは取材の合間に、王府井というところにあるできたてのデパートに行ってみたのですが、紳士服売場の店員はレジの前でウンコ座りをし、輸入物の高級ナイフを売る店の店員はあくびをしていました。わたしが食料品売場で買い物をし会計をしているときに目の前で大あくびをされたのには驚きましたが、良くも悪くも、「リラックス」した雰囲気があります。

 かと思えば、建物の外に出るとショットガンを持った警備員がいたりするので、北京のさまざま場所を訪れるうちに、緊張と緩和の連続をこれでもかというくらい経験し、しばらくすると、いっそのこと可笑しくなってくる、という奇妙な体験をすることになります。そういった体験をダイジェスト的に味わえるのは北京のタクシーでしょう。北京のタクシーは日本のバスや電車のような価格で気軽に乗れるのですが、多少荒っぽいところもあります。信号無視は当たり前で、制限時速がないのかというくらい、ぶっ飛ばします。わたしが乗ったタクシーは、渋滞を避けるために数メートルしか幅のない脇道を高速道路のようなスピードで突っ走り、反対車線を逆走し、緊急車両専用道路をジグザグに走り抜けていきました。目的地が100メートルくらいに迫ったところで、運転手は急に大渋滞の幹線道路に合流し、わたしのほうを振り返って、「渋滞でまったく動かないから、ここで降りてあとは歩いてくれるかな」と言って苦笑しました。外は冷え込んでいて歩くのは億劫でしたが、わたしはなんだか可笑しくなり、「OK、OK」と言いながら料金を支払いタクシーを降りました。

 ただ、タクシーはすぐに発車しなかったのです。運転手がウィンドウ越しに手招きをするので、何だろうと思っていると、背後から女性が現れてタクシーに乗り込み、タクシーはあっという間に渋滞の隙間に消えていきました。そこでわたしは初めて運転手の意図に気づき、運転手のしたたかさに舌を巻いたのですが、今思うとあの運転手はいろいろなものを象徴していたような気がします。中国の「恐い」部分、それに「愉快」な部分ということですが、何よりも運転手には無尽蔵に思えるエネルギーのようなものがありました。考えてみると、それは日本社会から決定的に失われつつあるものなのかもしれません。

文責:事務局 佐々木俊輔

第二回「フォーラム・現代東アジア研究」開催情報

 第二回「フォーラム・現代東アジア研究」は、明治大学准教授の丸川哲史さんにお話いただきます。日時は12月18日(土)午後五時〜。

 丸川さんには、1、現代中国における改革開放とは何か。2、現在の中国において中国共産党とは何か。3、現在の中国内部のナショナリズムの構造。4、世界史における現代中国の位置等をお話いただく予定です。

 丸川さんのプロフィールは以下のウィキペディアを参照ください。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B8%E5%B7%9D%E5%93%B2%E5%8F%B2

 また近著に、『魯迅と毛沢東』(以文社・2010)『台湾ナショナリズム』(講談社選書メチエ・2010)『竹内好ーアジアとの出会い』(河出ブックス・2010)があります。

参考文献は、以下の通りです。
1 温鉄軍『中国にとって農業・農村問題とは何か』作品社
2 汪暉『思想空間としての現代中国』岩波書店

 参加希望の方は、事務局のメールフォームにご連絡いただければと思います。皆さまのご参加をお待ちしております。
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