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フォーラム・現代東アジア研究

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 「フォーラム・現代東アジア研究」設立趣意

 日本を巡る状況は時々刻々と変化している。隣国中国の経済・軍事大国化、不安定なままの朝鮮半島、そして混迷を深めるばかりの我が国の政治・社会情勢。戦後60年を経て経済的繁栄を遂げたはずの日本社会は、これから本当の意味での成熟を迎えるはずだった。しかし、現状はむしろ逆で、不安定雇用、格差社会化、地縁血縁関係の断絶等、個々人は分離割拠し、社会の有機的なつながりである国民的統合や中間的共同体は失われ、新しい中世的混沌の中に放り込まれようとしている。

 この得も言えぬ国内外の不安を生きざるを得ないのが、我々の今であり未来なのかもしれない。日本と東アジア諸国は、互いの不信、不安から生起する領土問題、経済覇権競争などで牽制、角逐を繰り返しながら、一歩一歩時間を進めていくことだろう。東アジアは友好的ではない敵対的な共存の道を歩むのである。嗚呼、やんぬるかな……。

 なぁんて言っていても仕方ないので、ともかく「東アジア」に関する有識者をお呼びして、毎月一回勉強会を開こうというのが、会の趣旨といったところです。批判も批評も、やっぱり状況や事実を正確に認識してからしか始まらない。まあ、ともかく勉強いたしましょう、ということです。

 戦前、大陸浪人と呼ばれる連中がいたけれど、今現在の大陸浪人は当時の数万倍は存在する。日本国内にも東アジアの浪人というか、出稼ぎの人や移民たちが数多来ている。中には不良化する人らもいるけれど、真面目に生きている圧倒的多数の彼らとは共存共栄できるはず。というか、今もう既にそうなっているわけで、東アジアの未来はいろんな困難はあるだろうけど、長い歴史の総体として見ればとっても明るいはずだ。

 艱難あれど、それでもなお、楽観的に生き、そしてニヒリスティックに現況を見極めていくのが、「フォーラム・現代東アジア研究」でありたい、そういうことでありますね。

(主催 小野登志郎・ノンフィクションライター)
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第五回「フォーラム・現代東アジア研究」報告

 4月29日、第五回目の「フォーラム・現代東アジア研究」を行った。ゲストは福島原発の関連企業で働いている外国人。内容が内容のため詳細を公開できないのが残念だが、関係各所の了解が得られれば、今後、参加者の報道関係者によって何らかの形で伝えられることになるだろう。

 被災地の状況は今も厳しく、複雑な様相を呈していることを再確認した。今後どのように補償、収束させていくのか、皆目見当がつかない。過度の悲観論は禁物だが、「変化」がどういった形で起こるのか。被災の中心にいた「外」からの視点は、今後の指針に極めて大きな意義を持つと思っている。

(小野登志郎)

第四回「フォーラム・現代東アジア研究」講演録──ゲスト:安田浩一さん

 初めまして、ジャーナリストの安田浩一と申します。よろしくお願いいたします。

 私は10年前まで、ずっと週刊誌の記者をしてまして、普通に当たり前の様に事件記者をやっていたんですけれども、フリーになってから主に外国人に関するネタを中心に取材活動を続けています。

 最初は主に労働問題を追いかけていたのですが、労働現場において外国人労働者が非常に増えてきた、という前提のもとにいろいろ取材をすすめているなか、中国人の研修生・実習生の実態に興味を持ち、今はその問題を中心に取材を続けています。僕らは今『外国人労働者』と簡単に言っていますが、日本にだいたい外国人労働者がどのくらいいるのか、ということの正確な数字というのが、実はよくわかっていないんです。

 一般に『外国人労働者』という物言いを、例えば、官製の、政府の物言いでするならば、約30万人くらいしかいないわけです。ここでいう政府が認めたいわゆる就労目的の外国人というのは、これはホワイトカラーであったり、あるいは料理人とかダンサーとか、あるいは特殊な技能を持った人に限定されます。つまり就労目的とされる人々は30万人いるということで確実にわかっているんですけれども、僕らがイメージする外国人労働者というのは、例えば工場で働いていたり、地方の農村で働いていたり水産加工の現場、あるいは工場の下請け、建築・土木の分野で働いている外国人のほうが、より身近に、あるいはイメージとしてはピンとくるかとは思うんです。実はそういう人々は本当の意味での「労働者」として、日本ではカウントされていないんですね。一般的によく労働ビザがあるかないかという話がよく出るんですけれども、これは大事なことなんですが、日本には労働ビザというものはないんです。あくまでも就労が目的のビザ、あるいは就労が例外的に認められたビザ、こういった在留資格しかないわけですね。その中に、今日お話しする『中国人研修生・実習生』という話が出てくるわけです。

 冒頭で申した、僕が一般的にイメージする外国人労働者、つまり工場で働いていたり、あるいは第一次産業で働いている外国人というのは、あくまでも例外的に就労が認められた外国人にすぎないということなんですね。

 では彼らはどういう立場で日本に来ているかというと、最も多いのがいわゆる日系人です。これは日本人という血のつながりだけで『定住者』としての資格があたえられて、「『定住者』である以上、働いてもいいですよ」と、そういう資格が付与されているわけです。こういった方々が大体今日本に、まぁ不況でちょっと減りましたけれども大体30万人いるわけです。で、その次に多いのが、『研修生・実習生』と呼ばれる方々です。

 『研修生・実習生』というのは制度の話は後にしますけれども、いわゆる文言どおりに解釈するならば、あくまでも『研修、実習』なんですね。「労働者」ではなく、日本で技術を学び、その技術を母国に持ち帰ってそれを活かすという存在です。あるいは「国際交流」「人材交流」といった目的もあります。付随的に『研修・実習』という労働現場での仕事がついてくると。あくまでも労働は副次的な産物にすぎないということを前提としてご理解いただければと思います。

 中国人の労働現場といえば、たとえば居酒屋だったり、コンビニだったり、中国クラブなどが真っ先に思い浮かぶわけです。このほとんどは「就学生・留学生」と呼ばれる方々なんです。この就学・留学の実態というのは、かなりインチキな部分もあるわけですけれども、ただそうした目につく中国人ではなくて、今日僕がお話するのはあまり目に触れることのない中国人、その話をしたいと思っています。

 この目につかない研修生・実習生は、日本では20数万人、正確な数値はまだ最近出ていないんですが、昨年末現在では大体22万人くらいの研修生・実習生が日本で働いているとされています。そのうちの8割が中国人です。で、この研修・実習制度というのは、今申しましたとおりに研修・実習が目的ですから「労働者」としてはカウントされないんですね。ただし副次的な産物として労働がついてくるということですから、あくまでも彼らの日常というのは副次的な産物であるはずの「仕事」が中心の毎日を送っている。これはどういうことかというとあくまでも内実は労働者でありながら労働者として認められない人々、僕はそう定義づけています。

 この研修・実習生、中国人だけでも大体22万人のうちの8割くらいですから、17〜8万人、今日本で働いているんですね。どんなところで働いているかというと、少なくとも東京ではあまり姿を見ることができません。

 多くは地方なんです。最も多いとされるのが東海3県、静岡・岐阜・愛知、こうしたところに研修生の姿を多く見ることができるんです。あるいは中国地方、九州、北海道、いわば僻地と呼ばれるところ、あるいは地方、特に北海道なんかでも札幌ではなくオホーツク海沿岸であるとか、そうしたところの水産加工の現場などでも多くの中国人を見ることができます。

 たとえば岐阜県を例にとりますと、岐阜県では地場産業として主に縫製業というものが盛んなのですが、つまり洋服をつくっている工場ですね。この縫製工場でおそらく外国人研修生、実習生を雇用していない企業は、僕が調べた限り1社もありませんでした。ほぼ100%が中国、あるいは少数ですがインドネシア、フィリピン、パキスタンといったところの研修生・実習生を雇用しているということです。いわば日本の縫製業というのは、中国人研修生・実習生がいなければ成り立たないという現状がまずあるわけです。

 ちょっと余談になりますけど、僕は、去年ある週刊誌の取材で中国にあるユニクロの工場を取材してきたんですね。その時もちろんユニクロは日本では格安で売っているわけですから、当然中国でも低賃金でもって工場が運営されてるわけですけれども、その工場で働く労働者に何人かインタビューしたら、日本での研修・実習生の経験がある人というのは非常に多かったんですね。

 日本で研修・実習において縫製業を学び、そして中国でまた日系企業に就職すると、これ非常に幸せなパターンでして、ユニクロは確かに低賃金ではあるんですけれども同業の工場に比べて、やや賃金が高いということもあり人気の職種ではあるわけです。そうしたところに帰国した研修生・実習生の受け皿となっているというケースもあるわけですけれども、今この研修・実習はどういう風に使われているかというと、そうした技術移転として機能している部分は非常に少なくて、現行ではこれは僕も本に書いてるんですが、いわば安価な労働力として活用するために研修・実習が行われている、とそれが内実ではないかと思っています。やや結論を急いだ言葉で申しますと、「奴隷労働に等しいのではないか」というのが僕の見立てなんですね。なぜかといいますと、たとえばアメリカの国務省が毎年『世界の人身売買に関する報告書』というのを提出しているんです。これ、あまりニュースになることはないんですけれども、この世界の人身売買に関する報告書、これアメリカの国務省が出している中に必ず含まれるのが日本の研修・実習制度なんです。

 アメリカの国務省がどれだけ民主的なことを考えているのか、お前らに人身売買に関する報告をするような資格があるのかどうか、というのは別としまして、その国務省が「日本」 という項目の中で必ず冒頭に持ってくるのが研修・実習制度なんです。一番最近の報告書の中では、「移民労動者の中には外国人研修生という名のもとで、強制労働の状態にある者がいることがはっきりしている」といった文言が昨年も書かれているわけですね。いわばアメリカ国務省お墨付きの奴隷制度だ、ということなんです。内実に入る前に今日冒頭で皆さんにお配りしたのは、この研修・実習制度というものの内情を僕が今こと細かに説明するよりもこの紙を見ていただけるとおおよそ理解できるんではないかなという気がしたのでお配りしました。

 お配りした資料は、研修生・実習生の労働契約書、さらには就業規則などをまとめたものです。まず「資料1」。これはある企業と研修生との間で結ばれた雇用契約書です。いろいろ書いてありますね。外出禁止という項目もあります。(10)という部分には「インターネットカフェの様な不法滞在外国人などのような簡単に接する場所に入ることを禁止」。(11)には「携帯電話の使用を禁止」と書かれています。これは多くの研修・実習生が今携帯電話の使用を禁止されているという事実があるわけなんです。あるいは資料2というところを見ますと、一番冒頭のほうで線を引いていますけれども、「如何なる動機によっても、訴えたり、ストライキをしたり、もめごとをおこしたりしてはいけない」と書いてある。つまり彼らには労働者としての「争議権」も「団結権」も一切認められてないわけです。、それから下の方にもやっぱり「在日期間は携帯電話を購入してはならない」こうした文言を見ることができるわけです。

 資料4というところを見ますと、基本賃金が1時間200円、残業手当が1時間300円、食事代が毎月15000円となっている。これが極めて特殊な例ではなく、平均的な研修生・実習生の働かされ方だとご理解いただければ話は非常にわかりやすくなると思います。つまり彼らは様々な制約をうけ低賃金で働かされている、内実は「労働者」ではあるけれども労働者としての権利の一切を剥奪されたいわば奴隷の様な存在に置かれている、というのがこの研修生、実習生の実態であるということなんです。

 実は僕がこの取材を始めるきっかけになったというのは2005年なんですね。僕はそれまでずっと労働問題を取材してきたのだけれども、外国人労働者の問題というのは非常に無知に等しく、なかなか取材するきっかけも見つからないでいたわけです。そんなとき、ある労働組合から誘われて「研修生・実習生」の実態がひどいと、一度調査に行ってみないかと誘われたことが、外国人研修生を取材する端緒となったわけです。僕が一番最初行ったのは岐阜県なんですけれども、たまたまその岐阜のある縫製工場で女性たちがストライキをおこしたんです。で、ストライキをおこしたがゆえに、この女性というのは中国人女性ですけれども、中国人女性達6人がストライキをおこしたがゆえに、経営者が「お前らを強制的に中国に帰国させる」と脅したわけです。いわゆる強制送還させるんだと。で、彼女たちは帰りたくないと、座りこんでいると、そういう現場にたまたま僕が取材にいったところから全てが始まるんですね。

 で、実は彼女たちに会って僕が非常にびっくりしたのは「いくら給料もらっているんですか?」と聞いたら「わからない」って言うんです。なぜならば手元に通帳はないし、給与明細もないし、それから毎月現金は5000円しかもらっていないと。給与が毎月5000円ということはないだろうと思って話を聞いたんですが、彼女たちは確かに現金支給は5000円だけなんです。じゃあそれ以外の賃金はどうなったかというと、後からわかったんですがいわゆる強制貯金といいまして、賃金のほとんどを強制的に貯金させられ、貯金通帳と印鑑を経営者が保管していたわけです。つまり自由に引き出すことができない状況だった。ちなみにこの賃金がいくらだったかというと総額で5万円です。そのうえで、食費として毎月5000円のみを現金支給すると。で、残額を全て経営者が貯金通帳にプールし、研修期間って3年間なんですが、この3年間経ったら何も問題がなければその貯金通帳と印鑑を渡すと、そして国に帰りなさいと。そういう制度だったわけです。

 それで、彼女たちに労働条件を聞いてみたら、これもまた非常にびっくりしたんで、僕もいまだに印象に残っているんですけれども、彼女たちは毎朝、朝6時におきてミシンに向かうんですね。で、仕事が終わるのが夜の10時なんです。その間ひたすら外出することもなく、もちろん途中、昼食の休憩はありますけれども、それを除けばひたすらミシンの前に向き合って女性用のブラウスをつくっている。で、夜の10時に一度仕事が終わるんです。当然8時間労働を超えているわけですからそこで残業代も発生するんですが、残業代は1時間に250円。で、夜の10時に、いったん仕事が終わるのですが、と実はそれで労働が終わりじゃないんです。その10時から深夜1時までは「内職」といってボタン付けの仕事が始まるんです。ボタンを1個つけると5円という出来高制なんです。そうすると時給300円よりも低いものになってしまうんですけれども、それでも彼女たちはお金になるならと、1個5円のボタン付けを深夜1時までやって。そして夜食を食べてまた眠りについて早朝に起きるということを繰り返しているんです。

 しかも休日は月にたった1日しかなかった。で、もちろん携帯電話は持ってない、パソコンも当然、所持が禁止されている、それから月に1度の休みの日でも外出するときは行き先をその経営者に告げなければならない。で、外国人登録証、パスポートは経営者が取り上げていると、僕は非常に驚いてしまいました。21世紀の日本でこんな労働が許されていいのかと憤ったわけですけれども、後にわかるんですが、研修生にとってこれがきわめてスタンダードな働かせ方であったということに気がつくわけです。僕は非常にショックだったんだけれども、岐阜県内、あるいは東海3県ではこういった働かせ方が横行というよりも、きわめてスタンダードな形で行われていたということに後になってわかるわけです。

 で、彼女たちの住む寮というのがありましてね、その5万円の中から実は寮費というものをやはり5千円引かれているんです。で、その寮というのは8畳一間に6人が二段ベッド3つ並べて暮らしている、そんな寮なんですけれども、寮に入ったらね、足元にゴロゴロゴロゴロ、ペットボトルが転がっているわけです。随分だらしないなと僕は正直思ったわけです。飲み干したペットボトルを床にゴロゴロ転がしているという状況を見てただのゴミかと思ったら、実はそうではなかった。この部屋には暖房がないんですね。経営者が暖房をつけてくれない。ストーブもないし、エアコンもない。だから彼女たちは夜になるとその大きめのペットボトルの中にお湯をつめて、それを抱いて眠るんです。しかも岐阜県ですと冬は非常に寒いんで、ダウンジャケットを着たままお湯の入ったペットボトルを抱きしめて寝ると。そういった生活を彼女たちは2年以上続けてきたわけです。

 で、これ以上働いていると体が壊れてしまう。しかも自分たちの給料がどの位たまったのかわからない。しかも、もうひとつ問題なのは彼女たちは中国人労働者、研修生・実習生に限らずいろんな局面で見ることができるんですけれども、日本に来るために借金してきているわけです。そう、出国費用として、多額の金を取られているわけです。そのために借金してから日本に来ているのですね。借金の額もまちまちで、少ない人で十数万円というところもあれば、多額な保証金などを取られている場合などは、100万円以上借金をしている人もいます。彼女たちの場合、80万円位を中国の送り出し機関、研修生・実習生を送り出す機関に納めて日本に来ている。その借金も返さなくちゃならない。そのうえ自分の貯金が今一体どのくらいあるのか、日本から離れるときに一体自分たちにどの位のお金が転がり込んで来るのか全くわからない状況で、朝早くから夜遅くまで働かされている。この状況を何とかしてほしいと。それが彼女たちの切実な願いだったんですね。

 ところが携帯も持っていない、パソコンも持っていない、どうやって外にアクセスしたらいいのか。そもそも自分たちはどういう状況で働かされるのか。これは合法なのか、非合法なのか、それを調べる術もない。たまたま彼女たちは月に1度の休日の時に中国人が経営する雑貨店によってその話をした。それでその雑貨店の経営者が、あまりにもおかしいのではないかといことをネットで検索して東京のある労働組合に相談した。それによってその内実がわかったというわけなんですけれども、これもあとからお話しますが、実はその彼女たち、そういう労働を強いていた経営者を束ねる団体というのがあるんです。それはいわゆる研修生の受け入れ団体というんですが、その受け入れ団体を束ねる業界団体のトップに立っていたのが、なんと元社会党の代議士だったんですね。彼はそもそも合同労組の委員長までやっていた男でありました。

 僕はそのことに憤慨しました。本来労働者の利益を守る労働組合指導者が中国とのコネクション、パイプだけを頼りに研修生・実習生を受け入れ、そして労働法を無視した様な働きを強いていると。これに何か非常にほの暗いものを感じて、僕はこの研修生・実習生というもの、ある意味非常にいやらしい言い方かもしれないけれども興味と関心を持ったわけです。それから、一体これはどうなっているのか、日本では多くの研修生・実習生がどういう働かされ方をしているのか、あるいはどんな人がどんな目的で日本に送り出しているのか、そしてどんな人が日本で受け入れ、企業に派遣しているのか、どうしてもそのシステムというものをやはり見てみたいと思ったわけなんです。

 ちなみになぜ、日本では研修生・実習生が必要とされるのでしょうか。ひとつの事例を紹介します。最近取材した岐阜県内の縫製工場。そこでは女性用のブラウスをやはりつくっているんですけれどね、そこは大手アパレルメーカーから仕事を請けています。このアパレルメーカーののブラウスは、デパートに卸されるんですが、最終的にはデパートで7千円で販売されています。では、僕が取材したその縫製工場では、その7千円のブラウスを、いったいどれだけの単価でつくっているのか。どれだけの利益があるのか。型抜きして、袖をくっつけるという作業までやるわけですけれども、決められた単価・工賃が700円なんです。しかもこのブラウス1枚仕上げるのに1時間を要するわけです。1時間を要して単価700円しか、この工場には入ってこない。ここでもし労働法が適用される日本人を社員として雇用した場合に、果たして賃金が払えるのかどうかということになってくるわけです。700円の単価であるのに、最低賃金が岐阜県の場合700円ですからね、もうそれで消えてしまうわけです。700円を払っていたら。その他に工場を運営するさまざまな経費というのがかかる。もちろん経営者自身にも収入がなければならない。実はその工場だけではなく今日本国内の多くの縫製企業、縫製工場というのは全てそうした低賃金、いわゆる低単価でもって操業を強いられているわけです。つまりまともな給料を払っていたらとてもじゃないけど工場を維持できないわけですね。なぜならばユニクロとかしまむらで売られているのはほとんど中国製品ですよ。あるいは中国以外ですと最近では南米とか東ヨーロッパの製品も多くありますけれども、いわゆる賃金の安いところでようやく何とかペイできる、という状況でしまむらやユニクロが維持運営されている。

 そうした中で国内産というのは確かに丁寧な仕事だと評価されることも多いのだけれども、いまやもう、末端の工場では利益など期待できない状況で操業している。1時間で700円の利益しかない状況で、果たして日本人を雇用できるのか。これできないですよね。そこで都合よくつかわれるのが、時給200円、時給300円でも働いてくれる労働者なんです。日本国内どんなに探したってそんな人いません。だから外国からつれてくるしかないわけです。その為に利用されるのがこの研修生・実習生なんですね。研修生・実習生を時給300円で働かせていいのかという議論があれば、いいわけがないわけです。いいわけがないんだけれども、問題は労働者として受け入れているのではなく、この研修生・実習生はあくまでも日本の技術を学び、母国に持ち帰り、あるいは国際交流であり、人材交流であり、あるいは国際貢献なんだ、という建前がついている以上、労働法なんか無視してもかまわないだろう、という意識が一部経営者の中に蔓延しているわけです。そこでこの制度を利用し、1時間200円−300円で働いてくれる労働者というものが、特に縫製業では必要となった。それが研修生・実習生制度を運営しているひとつの目的になっている。現在この研修生・実習生日本に20数万人いるといいましたけれども、そのうちの多くが中国人なんですね。

 これはいうまでもなく中国以外の国ですとフィリピンとかあるいはタイ、それからインドネシアといったところが多いわけですけれども、圧倒的に多いのが中国人。これは中国とのパイプが日本は非常に太いということと、それから生活習慣であったり、あるいは言葉の問題、つまり漢字が理解できるということをもって、やっぱり中国からの研修生・実習生というものが一番重宝されるわけです。

 ただしこれ誤解のない様に言っておきますと、研修生・実習生だから時給200円で使ってもかまわないという法律はどこにもないんです。実は研修生・実習生であろうとも、その内実が労働であれば、労働者として認められ、なおかつ労働法にかなった賃金が提供されなければいけない、という法律が日本にきちんとあるわけですね。にもかかわらず研修生・実習生という言葉だけが一人歩きし、何をしてもかまわないだろうと意識が経営者の間で生まれてしまっている。その様な現状だと私は思っています。

 この外国人研修生・実習生というのはいつから始まったのかといいますと、実は研修制度そのものは古くからあるんです。実は1950年代から日本では研修生として外国から人を雇い入れているんですね。

 これどんな人々かといいますと、1950年から70年代にかけては大手のメーカーが海外進出する際に現地で労働者を育成しなければならないので、とりあえず先兵を日本に招きいれ、研修生という資格でもって日本の工場で働かせ、仕事を学ばせ、そして本国に帰して自社の工場でリーダーとして働いてもらうと、いわばこれは本来の研修という言葉に一番近いイメージかと思うんですけれども、そうした形で1950年代から研修生の受け入れというのは始まったんです。

 ところが1970年代に入りますと一部の大メーカー、たとえばトヨタなどの自動車産業、あるいは鉄鋼や造船などのメーカーなどで、研修生の使い方、使われ方が問題になるんですね。長期間安い賃金で働かせているといったことが一部問題視されるといったことが70年代にありました。大きな議論にはなりませんでした。というのも、結果的にどんなに安い賃金で働かせたとしても、最終的に国に帰して自社工場で雇用するという取り決めがあったものですから、今の様な深刻な問題というのはおきなかったし、あるいは問題として浮上はしなかったんだと僕は思います。ところが90年代に入りますとこの研修生・実習生の問題が少しずつあまりにも劣悪な待遇というのが外に漏れ出してくる。これ、なぜ90年代に入ってからというと、実はそれまでは大きなメーカーが自分たちの会社の力でもって海外から研修生として人を受け入れていたのですが、90年代に入管法が改正されまして、研修・実習生が正式ないわば滞在資格として認められる様になった。それに伴い、自社で海外から労働者を集めるだけの資力を持たない中小企業が、独自に協同組合や商工会というものを組織し、その組織の力で海外から人を招き入れることができるようになった。そしてその組織の傘下の企業に労働者を派遣するというシステムが認められるようになったんです。これは労働法の規制緩和と時期を同じにしているわけですが、これは「団体管理型」と呼ばれています。研修生受け入れこのシステムが初めて国によって認められたんですね。つまり海外に行って人を集めるなんていうのは、これまで大企業しかできなかったわけですが、中小企業にも可能となった。

 本当に外国人の手がほしいのは大企業ではなくて中小企業なんですね。中小企業ほど人手不足に悩んでいたし、中小企業ほど安い賃金で働いてくれる労働者が欲していた。ところが90年代バブルの時代に人件費だけが高騰する。でもすべての企業が儲かったわけではない。特に縫製だとか、建築土木の末端のほう、あるいは地方の水産加工、あるいは第一次産業、農林水産業、林業などの分野では別にバブルに乗っかって景気がよくなったわけではなく、それでも人件費の高騰の中でどうしても人件費を安く抑えたいという意識が働いていた。大企業よりも、中小企業、零細個人企業の方が外国人をそのころから欲していたわけです。

 そこに団体管理型、つまり力のない企業が協同組合を組織し、そして協同組合の力でいわば人材買い付けを行ってもいいですよ、という法律が90年代になって初めてできるわけです。これに日本の多くの中小零細個人企業が飛びついたということなんですね。

 これもちょっと余談の部類になるんですけれども、この制度ができたときにもっとも喜んだのが中国とのパイプを持つ人たちであったと。実は、本来僕はあまり言いたくはない話であるんだけれども、この研修・実習生制度を団体管理型として認める大きな原動力になったのは決して経営者団体でもなければ、中小企業の経営者達でもないんですね。この原動力として機能したのは当時総評の議長であった槇枝元文さんなんです。日教組の委員長までやった方なんですが、この90年からさかのぼること5年くらい前、80年代半ば中国の全人代の幹部だった羅幹さんという中国共産党の幹部がいたわけですけれども、この羅幹さんというのは後に天安門事件のいわば民衆弾圧の鎮圧責任者になる人なんですが、当時は労働局か何かの局長だったのかな、その羅幹さんが旧知の槇枝元文さん、そのころはまだ日教組の委員長だったと思います。日教組委員長の槇枝さんに中国の有能な人材を日本で何とか活用できないだろうか、という相談を持ちかけるんです。で、槇枝さんは日中友好という大義名分の下に、どうぞ、ぜひ日本で優秀な中国人を立派な技術者に育てたい。お互いに何とかしてそのシステムをつくりましょう、という形で、中国共産党と当時の総評、中立労連といった労働団体、それから日本社会党が一緒になってこの枠組みづくりに奔走するということがありました。いわば今の研修・実習制度の下地をつくったのは皮肉なことにも、本来労働者の利益を守るべく総評、中立労連といった労働団体、あるいは当時革新とよばれた日本社会党であったという事実は、あまり多くは出ていないんですけれども、内実を探ってるとそういった事実にぶちあたります。

 で、この両者つまり日本側ですと労働団体プラス日本社会党、それから中国共産党との話し合いの中でいわゆる団体管理型としての受け入れというものが、枠組みとして構築されるわけですね。これによって全くお金を持たない、海外にコネクションもパイプもない中小企業が協同組合に加入することによって海外から人材を買い入れることができるというシステムができあがるわけです。

 で、90年代各地でそれこそ雨後の竹の子の様に急ごしらえの協同組合がボンボンボンボンできてくるんです。それまで協同組合というのは皆さんイメージする通り、ロバート・オーウエンの協同組合主義にもとづくものだと思うんですが、大企業の力を持たない中小零細企業が力をあわせ共同購入したり、共同購買したりというかたちでもって、共通の利益をはかるというのが本来の協同組合のあり方だったと思うですけれども、この90年代に地方でボコボコできてきた共同組合というのは、定款には中小企業の利益を守るというということが書いてあるんですけれども、内実は外国人労働者の受け入れの為のいわゆる組織作りの一環であったという現状があるわけです。

 協同組合というのは実はこの90年代に入ると急速に数を増やしているんですね。それまで日本では協同組合主義なんていうのはあまり根付かなかった。せいぜい地方の志を同じくする同業者団体のいわば親睦会の様なかたちで維持・運営されてきたわけですけれども、この90年代以降日本では協同組合の数は急激に増えていくわけです。右肩あがりで増えていく。その多くが外国人労働者、いわゆる外国人研修生受け入れの為の組織作りが内実であった、と言えるかと思います。

 実際私もこの協同組合が中国でどうやって労働者集めをしているのか、一緒についていって現場を見たことがあるんです。年に1回とか2回中国に行って地方で若者達を集めて、そして日本に送り出すというシステムができているわけですけれども、私が同行したときは山東省というわりと小さな田舎町に行ったんですが、協同組合の代表とそれから協同組合に所属している経営者5-6人でいわばツアーを組んで山東省に行くわけです。

 私はかなり離れた場所から見てたんですけれども、彼らはまず中国の派遣会社、僕らは「送り出し機関」と言っていますけれども、研修生・実習生を送り出す為だけの会社が中国にあるわけです。まずそこにいって挨拶をして、その後中国側が呼び寄せた若者達が待っている施設に行くわけです。そうするとこういった会議室のところに中国人が30人くらいずらーっとならんでいるわけです。で、経営者は一人一人質問するんです。「あなたは最低限の日本語をしゃべることができますか?」。だいたい「ハイ、イイエ、こんにちは、さようなら」くらいは言える。まずそのテストをする。そのあとに「これまでどんな仕事についてきたか」。それからこれは非常にえげつない話なんだけれども、僕が行った時にはこの経営者は一人一人の中国人に手のひらを見せろ、と。中国人は怪訝な顔をしながら手のひらを見せるんです。実は、手がきれいな人間は落とされるんです。できれば農民で手がゴツゴツあれた人間のほうが働き者だろう、という非常に古典的な概念の元に選別をするわけです。で、やはり手がしっかりした、汚れた人間ほど働き者であるという、そういう認識のもとにそうした人間だけを選び出す。さらに簡単な日本語のテストをする。それから日本ではつらい労働が待っているかもしれないけれども、あなたは絶対に逃げないか。最後まで働き通すことができるかということを念押しをする。その中でイエスと答えた人間の中でさらに振り分けして、そこで契約書を結び、そのまま日本に連れて帰る、今現在もそういうシステムのもとに中国人が日本に送られてきているわけです。

 僕が行った時にはたまたま建設関係の会社が多かったもんですから、男性ばっかりだったんですけれども、たとえば縫製工場の場合ですと圧倒的に女性が多いもんですから、女性を選ぶときになると、また違った風景を見ることができるわけですね。事情を知る多くの方が共通して僕に教えてくれたんだけれども、つまり綺麗な女の子から選んでいくわけです。

 縫製工場の経営者は、会議室の中にずらーっと並べられた、つまりアジアにおける買春ツアーを思い出していただければいいんだけれども、それこそ番号札と名前を書いた名札をつけた女性たちが30人とか40人並んでいるわけです。で、経営者は簡単な面接を一人一人とした後に自分の工場でしっかり働けそうな女性を連れて帰る、というシステムになっているんだけれども、これは実際には多くの経営者が言っていることであるんだけれども、綺麗な女の子から取っていくんです、若くて。これも後でいいますけれども、それであるがゆえに、今セクハラの問題とか強姦、レイプに近い問題がこの研修・実習現場で多発しているという話もあるわけです。

 その話は最後にいたします。そうした形で、いわばかなり人身売買に近い様な風景の中で労働者の選別と引き寄せが行われていると、これが研修・実習現場のひとつの光景でもあるわけです。そうやって日本に連れてくる。そして冒頭でこの様にお見せした、こうした契約書を交わし、サインを求めるわけです。

 これも巧妙でしてね、日本語なんですよ、全部。中国語でもっての契約書なんてほとんど作られてないですね。これ日本の受け入れ団体がつくるもの、大概の場合、日本語でもって書かれたもので、それを協同組合の雇った通訳が簡単に読み上げてそこにサインさせると。僕だったらサインしないのになぁと思うんだけれども、多くの中国人の場合簡単にサインしてしまうんですね。

 何故か? まず彼ら彼女らは日本で働けるということが非常に大きな喜びとしてまだあるということ。それから時給200円とか300円の価値というのがまだわかってはいない。あるいはいっぱい働けば残業代が入るだろうと思い込んでいる。それからもうひとつには、それでも時給200円でも中国で働くよりましだろうという考え方もあるということです。

 で、ちなみにその中国人を集める、中国国内において中国人を集めるのが、いわゆる中国の送り出し団体というところなんです。これは各省に行くと必ず「海外労働派遣公司」と呼ばれている、いわば中国の労働者輸出会社が各地にいっぱいあるんですね。そういうところが研修生・実習生をかき集めるんです。で、実は日本向けの研修生・実習生だけを受け入れているわけではないんです。その労働者輸出会社というのは韓国であったり、アメリカだったり、カナダだったり、ヨーロッパだったり最近ではアフリカに多いんですけれども、そうしたところにどんどんどんどん労働者を送り出す会社なんですね。ですからその一部分に日本向け研修生・実習生のセクションがあると。結構人気あるのは日本なんです。アフリカとかは待遇悪いですし、アメリカやカナダは語学の問題がある。日本はわりと漢字が通用しやすいということと、あるいは自分の親戚とか遠い親戚とかそういったのが日本にいるといった安心感がもたれている部分もありますので、割と日本の研修生・実習生というのは最近でこそ人気はありませんけれども、2、3年前まで人気の高い輸出先、需要もあったわけですね。

 その労働者輸出会社、これは多くの場合、中国共産党直系なんですけれどもこういったところが各地をまわって中国人を集めるというのが建前となっていますけれども、実は対外輸出会社は直接的に労働者を集めることはないんです。中国の奥地を回ってできるだけ賃金の安いところ、仕事のないところをまわって中国人を集めているのは実は輸出会社と契約しているブローカーなんです。

 北京や上海出身の研修生がほとんどいないというのは、都会ではそれなりに仕事があることと、それなりに賃金が保障されていることもあると僕は思うんですが、ブローカーは主に中国の僻地、中国の農村部に行って貧しい農民の子供たちに声をかけて回ると。そして10人とか20人とか集めると、その場でもって労働者輸出会社に連れて行ってそことの契約を交わすと。そういったシステムになっているわけです。で、集められた青年たちは日本に来るにあたって、それなりにお金を払わなければなりません。

 まず研修生が自己負担を強いられるのが渡航費です。日本との往復の航空運賃。それから各種手続きに伴う必要経費ですね。いわゆる手数料と呼ばれていますけれども、この手数料というものを払う。そのほかに保証金というものを必ず収めなければならないわけです。輸出会社に対して。この保証金の額が安くて30万円、高ければ120万円位。僕が知っている限り最高額で200万円というのがありましたけれど、いずれにせよ、平均すると100万円位の金をその労働者輸出会社に保証金として納めなければならないんです。これ保証金ですから、帰国すれば返金されることになっている。建前では。しかし100万円という金額は中国の貧しい農民からするととんでもない天文学的な数字になるわけですね。で、この100万円というのを大概の場合には親戚からかき集めたり、研修生専門に融資してくれる金融会社もありますんでそういったところから高利で借りる。あるいは中には送り出しの労働者輸出会社が直接貸してくれるところがある。いずれにせよそういう形で保証金を納める。

 実はこの保証金が研修生・実習生を脅かしているひとつの大きなファクトでもあるわけです。なぜかというと研修生・実習生はあちこちからお金をかき集めて100万円という金を集める。日本に行けば必ずそれ以上の貯金ができると信じ込んで借金するわけです。で、その金を労働者輸出会社に預けるわけなんですけれども、預ける際に必ず一言念押しされるんですね。これはあくまでも保証金であって預けてもらうんだが、何か日本で問題を起こしたり、あるいは契約期間の3年以内に中国に帰ってきてしまった場合には、この100万円は没収です、というサインをさせられるんです。

 つまり人質ならぬ、「金質」なんです。ですから、たとえば日本で100万円の貯金ができたとしても、何か日本でトラブルを起こした、問題を起こした、経営者に対して敵対的な態度をとった、ということを理由をもって、中国に帰ったら今度は預けてある100万円が没収されてしまうというケースがあるわけです。だから、なんで研修生・実習生がこんな労働条件を強いられていながら声をあげないんだとよく言われるんですが、あげられるわけがないんです。きちんとのこの契約書のここにも書いてありますけれども、何か問題をおこしたらその時点でもって強制的に帰国させられてしまう。強制的に帰国させられてしまうというのは、ペナルティのひとつですから、ペナルティを課せられた以上預けてある保証金をとられてしまうんです。そうすると100万円を貯めて中国に帰っても、没収が100万円ですからプラスマイナス0になってしまう。そういう恐ろしい現実が待っているわけですね。ですから声をあげることができないんです。

 実は昨年(2010年)7月にあまりにもそれがひどすぎるというので入管法が改正されて、今後研修生・実習生が日本に来る場合には高額の保証金を預けてはいけないと、これ厚労省が指導を出したんです、昨年(2010年)の7月に。で、あぁ、少しは良くなったのかなと思ったら、さすがに中国というのは巧妙な国でして、今、ほとんど保証金は取っていません。保証金は取っていないんだけれども、違う形で研修生・実習生を縛り付けているんですね。架空の借用書なんです。これ中国語で「欠ける」、欠席の「欠」(ケツ)という字に、安保条約の「条」「ヤァジュイ」と読むのかな、この「欠条」というものを研修生・実習生と交わしているそうです。私もついこの間研修生・実習生と会ったら、みんな「欠条」を書いた、と言っていましたけれども、この欠条とは何かといったら借用証書なんです。「私は送り出し機関の下部組織のブローカーから出国費用として100万円を借りました」という借用書を書かせるんですね。実はお金なんて借りてないんです、ブローカーから。借りてはいないけれども、架空の借用証書を書かせる。で、その証書を送り出し機関と送り出し機関のブローカーは持っているわけです。つまり、日本で何か問題を起こしたらその借用証書に書かれている通りお金を返還しなさいという訴えを起こす。そういう風にいっているわけですね。

 つまり何か問題を起こしたら借りてもいない金を返さなければならない。そうした架空の借用証書を交わして日本にこの(2010年)7月から来ている研修生・実習生というのは、非常に多く見られるわけです。さすがに僕もそういう手でくるかとむしろ感心しさえしたわけなんですけれども、つまり、何らかの足かせをはめた上で日本に送り出すシステムは、この制度が変わっても、あるいは日本の厚生労働省が指導しても何も内実は変わっていないと。この借用証書、この架空の借用証書をもとに日本で好き勝手させないぞ、という中国側の厳しい意思を見てとれるわけです。

 あのどうでもいい話なんですけれども、実はこの借用証書に僕がぶちあたったのは去年くらいから、この欠条というのが流通しだしたんですけれども、一昨年(2009年)、熊本で中国人の研修生が研修先の農家で農家経営者を殺してしまうという事件があったんです。これは単なる外国人労働者が経営者を殺してしまった、という事件で後追いもなくつまんないニュースとして終わってしまったわけです。よくある話だろみたいな話もそこにくっついてくるわけですけれども、ちょっとこれ僕調べてみましたら、やっぱりこういうの、実は労働条件におけるトラブルがあったんですね。月に1度の休みだった契約なのに、休みが3ヶ月に1度しかなかったと。だから自由に友達と遊ぶこともできないし、なおかつ休日出勤したところで休日割り増しも払われていない、ということでその中国人研修生が自分の働いている農家の経営者のところに詰め寄って、それでトラブルが起きて、思い余って殺してしまったという事件があったわけです。殺してしまうのは行き過ぎだし、どう考えてもおかしいわけですけれども、ちなみに殺したとされる研修生は自殺しました。殺した後に。

 その研修生はどういった経緯でもって日本に来たのかどうしても知りたくて、ぼくはその研修生の生まれ故郷である黒龍江省に取材に行ったんです。で、黒龍江省のハルピンから300キロくらい離れた農村地帯なんですけれども、その研修生の実家に行こうと車を借りて通訳と一緒に村に向かったんですけれども、実は前日にその研修生の、つまり自殺した研修生の父親と連絡をとって取材を申し込んでいるんです。そうしたら父親は「どうぞどうぞ」と。亡くなったうちの子は不憫であると。亡くなった経営者には非常に申し訳ないことをしてしまったと。謝罪もしたいし、それからうちの子は本当は悪くはないんだと、本当はいい子なんだということを訴えたいから是非来てくれと、非常に好意的に返事をもらったものだから、私は黒龍江省のその寒村に飛んだわけですね。

 ところがそのせまい村の入り口に入ったらバリケードがしてあって、バリケードって車でですね、車でもって通せんぼしてあるわけですね。で、車で降りたら柄の悪いチンピラみたいなのが降りてきて、ここから先は行かせない、と。で、何故だ、と聞いたら「お前が取材に来たことはわかっているんだ」と。「ここは外国人の取材は禁止されている」と。で「その父親も取材を望んでいないから帰ってくれ」と、そのチンピラが言うわけです。僕はその場でもって父親に電話をしたんですね。「あなた昨日まで取材を受けてくれるといいましたけれども、今村の入り口でバリケードつくっている若者達が私を通さない、何とかしてほしい」こういったらその父親が「申し訳ないけど取材はできなくなった。せっかく中国まで来てもらったけれども一言も話すことはできない」と、電話を切られてしまったんです。

 まぁ皆さんも経験あるでしょう。わざわざ海外まで行って取材断られると、何のために来たんだよ、と思ってほんと僕も憤慨したんだけれども、物理的に前に進めない以上仕方がない。しかも何よりも僕が雇った運転手が怖がって行かないわけです。「こいつら絶対に黒社会の人間だから後で何されるかわかんない。僕もハルピンに住んでいる以上トラブルを起こしたくない」と言って前に行こうとしないわけです。仕方がないんで、一度僕はその場所から離れたんです。

 で、何時間か経ってからもう一回父親に電話をした。申し訳ないけれども村の入り口は入れないし、僕があなたの家まで行ったらどうしても阻まれてしまう。だから別の場所で会ってくれないか、という風に父親に持ちかけたら、その父親はこういう風に言うんですね。「話したいことはいっぱいある。是非とも会いたい。しかも、あなたはわざわざ日本から来てくれたことに関しては感謝もしているんだ」と。「でも会えない。なぜかっていうと、今日になって送り出し期間がその『欠条』のコピーを私のところに持ってきた。それにはうちの息子が送り出し機関から日本円にして300万円を借りたことになっている」と。「無論うちの息子は300万円なんて借りていないし、そんな現金もない。架空の借用証書とわかっている。ただ中国においては、この架空の借用証書をもとに裁判を起こされたら貧しい農民である私なんかひとたまりもない。相手は中国共産党ですし、黒社会でしょ。借りてもない借金の返済を迫られてしまう。うちの息子は殺人事件を起こした。なおかつ自殺した。そして中国の送り出し機関にも、日本の経営者にも、日本の受け入れ共同組合にも多くの迷惑をかけた。その罰金としてこの借用証書は使われてしまうんだ。今、うちにその借用証書の返済を迫られてしまったら私たちはどうにもならない。申し訳ないが帰ってほしい。取材に答えなければこの借用証書はなかったことにしてやるってことを言われているんです」私電話でそう言われたんですね。私は、そこで取材を無理強いする勇気もなかった。

 僕が取材した以上絶対書きますし、書く以上はその父親に迷惑がかかることは自覚しなければならない。けれども僕はそれを自覚するのは正直言って怖かったんです。そこまで負担を強いていいものかどうか、と悩んだ末、僕は取材をあきらめました。

 それで、取材をしなかったお陰で、僕が日本に帰って父親に改めて聞いたら、「何とかその借用証書をもとに借金を返済を求められることはなかった。ありがとうございました」と、僕は父親から電話をもらいましたけれども。

 そうした制度、あるいはそうした非常にアングラな人質ならぬ金質が、今でも研修生・実習生の手足を縛っているということに愕然としたわけです。ですから当然そうした足かせがある以上、日本でどんな待遇を強いられたとしても研修生・実習生の多くは声を上げることができない。声をあげることができないことがわかっているからこそ、時給200円300円という労働条件を強いることもできるし、それからいい大人ですよ、いい大人に対して、携帯電話を持ってはいけないとか、パソコンを持ってはいけないという理不尽な就業規則を強いることもできる、それから夜間の外出を禁止。それから夜間にインターネットバー、要するにネットカフェのことですね、ネットカフェには行ってはいけないといった、まるで学校の校則の様な就業規則を強いることもできる。それからここにも書いてあるんですけれども、男女交際禁止という就業規則もあるんですね。男女交際禁止、あるいは女性の研修生に対しては万が一妊娠したら強制帰国、そういう文言を用いた就業規則もあるわけです。

 更には、これはいちいちコピーしませんけども、これもある縫製会社なんです。何だかよくわからないでしょ、これ?(注:縦に従業員の名前があり横に升目のある表であった)「トイレ使用回数表」というというんですよ。こういう表をつくっている会社があるんです。全部これ中国人とインドネシア人研修生の名前がずらーっと並んでいて、何月何日に何回仕事中にトイレに立ったかという回数が全部書かれているんです。こういう表が職場に貼られているんです。これは何を意味するかというと、要するに仕事中にトイレに入ったら1分間につき15円の罰金、1分間につき15円をより給料よりマイナスしますとここに書いてあるんですが、つまりトイレにたつ度に監督者にカウントされトイレに3分間いたら3×15円を給料から取られてしまうと。馬鹿馬鹿しい制度だと思うんだけれども、なぜこんなことをやっているかというとつまり職場に張り付かせる為なんです。トイレ休憩に立っておしゃべりさせないため、こんなものは無駄に職場から離脱するなってことを言えばいいものを表までつくって小便の数までカウントし、そこから罰金を取るということが平然と行われているのが研修・実習現場なんですね。

 これね、つまんない額ですよ。1回15円ですから、1日に3回トイレ行って、1分ですませれば50円に満たない罰金ですむわけです。と、考えるのは僕らの認識であって、これ同じ日本人でこんなことやったらどうなりますか。大問題ですよね。トイレに行く度に管理者が腕時計を見ながら何分間トイレに行っているか、1日に何回トイレにたったかすべて計算し、職場に張り出しているという馬鹿馬鹿しい慣習が職場に残っているわけです。こうやって行動が管理・監視されている、これが研修生・実習生の職場なんですね。

 今、縫製現場といいましたけれども、研修生・実習生の職場として最も多いのが縫製業です。たとえば縫製業は非常に単価の安いところであって、さっきも言った様に1時間700円程度の工賃しか入らないのであれば、時給300円位の労働者を雇うしかない。これが地場産業の苦しいところであるわけですけれども、最近増えているのが第一次産業、まぁ農業であったりそれから水産加工、あるいは建築現場なんですね。そうしたところでやはり時給300円400円というかたちで働かされている研修生・実習生が非常に多いわけなんです。こうしたトイレに行く回数まで表にして職版に貼られているというのは、人権問題ではなくむしろ人格を無視された問題。つまり人権ではなく、人格が脅かされている労働現場であると僕は思っています。

 人権なんていうレベルではないですよね、これは。いい年した大人に対して携帯持ってはいけない、パソコン持ってはいけない、男女交際してはいけないとか、あげくのはてに時給200円であり、トイレにたったら罰金だなんてこんな校則じみたことをし得るのは、人権以前の問題であって人格がとことん傷つけられていると。しかも、こうしたことが堂々と国の制度でもって運営、運用されてといるということ自体が非常に大きな問題ではないかと思っているわけなんです。

 当然いろんな事件がおきます。だって耐え忍んで時給300円であっても彼ら彼女ら、残業めちゃくちゃ入れてますから。それでも3年間時給300円であったとしても、1日に20時間位働く人もいますんでね、幸せですよ、それで200万円でも貯めることができればですね。中国の奥地に戻れば物価上昇しているとはいえ、北京や上海なら200万円なんてあっという間になくなってしまいますけれども、1日に数百円の労賃しかもらえない様な田舎に帰れば、200万円もって帰れば家を建てることもできるしそれなりの親孝行もできる。だから研修生・実習生に対する需要というのはまだまだあるわけなんです。でも、そうやってもって帰ることができる人はまだまだ幸せであって、さまざまな制約の中でお金を経営者や中間業者に搾取されたり、奪われたり、あるいはその中でさまざまな事件もおきているわけです。

 さっきいいましたセクハラの問題。痛ましい問題もおきています。これはセカンドレイプの問題もあるのでなかなか表には出てこないし、僕も詳しく報告できない部分もあります。ただ、研修・実習現場では陰湿なかたちで行われているケースが非常に多いわけです。これは私が取材したケースでいいますと、茨城県のある木工工場がやはり中国人の女性研修生を入れたわけなんですね。非常に綺麗な子でした、女の子は。彼女はそこの研修現場で働き始めて、半年後に脱走して、いわゆる女性問題をあつかうシェルターに逃げ込んで保護されたんですけれども、なぜ逃げ込んだかのか、僕も事情を取材してびっくりしたんです。彼女は木工工場に研修生として迎えられたんですけれども、労働条件は1時間400円の時給でしたから、最低賃金を大きく下回っているとはいえ縫製なんかに比べるとまだいいほうだった。ところが彼女は初日に木工工場で働こうとしたら、経営者に呼び止められて「君は工場で働かなくてもいいよ。同じ賃金を保証するから家の手伝いをしてほしい」と言われたんです。実は研修・実習の労働現場というのは国で定められていて、職種も限定されているんです。縫製であったり、あるいは第一次産業であったり、水産加工であったり建築土木であったり。家事労働というものは研修・実習の指定現場ではないんですね。そんな労働現場での研修など認められていない。違法なんです。ところが経営者は工場で働かなくてもかまわない。家の仕事を手伝ってほしいと。

 何をやらせたかというと、朝は家のまわりの掃除、それから昼間は買い物に行ったりあるいはお昼ご飯をつくったり、それから家の中の掃除をしたり、お風呂をあらったり、犬の散歩にいったり、それから夕方あいた時間にその経営者が副業としてやっている農業現場でもって野菜を摘んだり、野菜に水をやったり土の手入れをしたり、そういう仕事を与えたわけです。もう完璧な違法状態なんですけれども、それはともかくとしておいて、賃金を保証するから家事労働をしてほしいと言われ、彼女は賃金が貰えるんであれば、というかたちで家事労働をしたわけです。彼女は住居として、ちっちゃな廃屋を改造した寮を与えられていました。敷地内にある家だったんですけれども、ある日、そこへ夜中に経営者が訪ねてきたわけなんです。で、研修生は何事かと思って夜中に経営者を招きいれたら、布団の中に入ってきて「やらせろ」というわけですね。で、彼女は拒んだ。すると経営者は言いました。「君は僕に逆らったらとんでもないことになるよ。僕は警察にも知り合いがいっぱいいるし、君は僕と寝ることによってもっと多くの利益を得ることができるんだ」ということを、もっと簡単な日本語で言ったんでしょうけれども、彼女に言うわけです。

 で、彼女の枕元に2万円を置いたんですね。で、彼女はそれを受け入れたんです。2万円ですからね。仮に僕も同じ立場であったら受け入れるかなと、思いますけれども。彼女からすると1回に2万円貰うというのは非常に桁違いに大きかった。で、受け入れたんです。ところが翌日にもまた来て、「今度は1万円でいいだろうと。これからは僕と契約して、1回寝る度に1万円だよ」と言って、その親父は週に何回か通って行為が終わる度に枕元に1万円札を置いていったわけです。

 ところが彼女は段々段々嫌気が差してきたんですね。もちろん愛のないセックスだったのと、乱暴なセックスだったということもあるらしいんですけれども、彼女結婚しているんです。で、子供も置いてきているんです。はたしてこんなことを続けていいのかと思って、「もうお金はいりません。もうこういうことはやめて、きちんと工場で働かせてください」ということを要求したらしいんです。そしたら激昂して暴力を振るったんですね。なんで言うことを聞けないんだと。

 で、彼女は怖くなってある日の深夜に裸足でもって逃げ出すんです。そして実は東京にある女性外国人労働者のシェルターにたどりつくのに、1週間を要したわけですけれども、あちこち中国人らしい人間に話しかけたり、警察に行くと強制送還されてしまうと思ったんで警察には寄らずにさまざまなところを渡り歩き、なんとかして外国人女性の性暴力の被害者を収容するシェルターにたどり着いたということになったわけです。

 正直言うと彼女の話をどこまで信用していいのかと思ったわけなんです、最初は。ところが僕、経営者に直接会って取材してみようと思って、その経営者のところに行って、これこれこういう事情で逃げてきた女性がいるんだと、女性の話は本当かと言ったら、「それのどこが悪いんだ」というわけです。「俺はちゃんとお金を払って寝ているんだから、お前にどうこう言われる筋合いはない」と。

 実はその経営者は地元自治体の議員でもありました。そいつが「一緒に寝たんだからお金払うのが礼儀だろ」みたいなこという。尊大な態度でもって取材に答えるわけですね。なんだか段々腹がたってきまして、本来の研修制度から大きく逸脱したことを、何でこんなことをやっているんだと話をしても、その男としては「給料も払っているし、1回1万円だから悪いことはないじゃない」「しかも彼女だって満足していたはずだ」と。性被害の加害者が良く言う様なセリフをいっていたわけです。あまりにもひどい。性暴力という自覚がまるでない。結局、彼女を収容した人権団体などが調査しても同じ様な回答しか返ってこなかったんで、被害者の研修生はこの男を告訴したわけです。告訴したんだけれども、裁判になる前に警察に彼は捕まっちゃうんですね。何をやったかというと県議会の慰安旅行でもって、バスガイドに抱きついて強姦しようとして結局それで警察につかまってしまう、とそういう事件があったわけです。

 そういうとんでもない親父で、後にこれ民事でも裁判で訴えて彼女はお金を貰うこともできたわけですけれども、決してこれ特殊な例ではなくて、実はあちこちでレイプだとか性犯罪の話を聞くんですね。これわかるんです、気持ちとしてはわかるとは言いすぎかもしれないけれども、彼は茨城県の山奥、山間部の木工工場の経営者でしたけれども、研修・実習先というのは多くの場合地方なんです。しかも僻地なんです。若い女性いないですよ、そこには。しかも受け入れ側の経営者というのは、大体50代とか60代の中小企業の親父さんが多いわけです。そうしたとろこに一度に20代30代のピチッピチした若い女の子が5人も6人もやって来るんですね。同じ屋根の下で生活し、しかも若いから服装も肌の露出も高かったりしますし何かせずにはいられなくなる親父というのも当然いるわけです。しかも問題なのは意識の中で通常社員を雇用しているという意識ではなくて、冒頭申し上げた様に、人権とか人格をも無視された存在である研修生・実習生を前にすれば、自分が何でもできると思ってしまうです。つまり研修生・実習生と経営者の間には正常な労使関係というのはほとんどなくて、そこにあるのは支配・従属の関係なんですね。

 労使関係があれば何らかのかたちでストップがかかるかもしれないのに、経営者の意識としては支配・従属の関係でしかない。当然そこには性暴力の問題というのがおきやすくなる。つまり支配欲が、性欲と混ざったときにどうしてもその女性研修生に手を出してしまう歪んだ男の心理がそこに働いてくるわけです。ですから毎年毎年性犯罪の問題、セクハラ問題というのは非常に多いわけですけれども、特に研修・実習現場では最近目につく様になって、何件か裁判も現在進行されているということになっています。そういう形に、つまり本来であれば大人しいはずの経営者を狂わせてしまうのは、女性としての力ではなくて、あるいは女性としての魅力というよりも、その支配・従属、本来労使関係でなければおかしいところにそうした支配・従属の関係が持ち込まれることによって、強者と弱者をつくりだしてしまうというのがこの研修・実習制度の恐ろしいところではないかなと思っています。で、もちろんそれを利用しているのは日本の経営者だけではなくて中国側も当然それを利用しているわけですね。

 今中国の一大産業は何かと言われたら様々な産業がある中で、一番勢いがあるのが労働者輸出だと思うんです。これは労働者の輸出というのは、中国においてはやはりひとつの大きな産業として十分に認知されているわけです。アメリカへ、カナダへ、ヨーロッパへ、アフリカへ、そして日本へ特に日本の場合には研修・実習制度という名の下に労働者性が確保されないままに使うことが許されている。それゆえに送り出しもしやすいし、あるいは送り出しのシステムもきちんと構築されている。内実はめちゃくちゃでもあるにもかかわらず、日本ではそれを必要としている人がたくさんいるということは中国はわかっているわけです。ですから中国では研修生・実習生を集めて日本に送り出すということはこれもまたひとつのビジネスとして定着しているわけですね。

 私、実際に研修生・実習生を日本に送り届けるための送り出し機関を何度も取材しました。最近では中国各地にある送り出し機関では学校を併設しているところが多くて日本に行く前に最低限の語学教育と集団訓練をさせてから日本に送り出すというシステムができています。僕が最近行ったのはですね、河南省、北京よりもずっと南の方ですけれども、河南省にある送り出し機関というのを取材してきたんです。そこではどんなことをしているかというと、日本で働くための最低限の必要な日本語、それから集団訓練をそこで叩き込んでですね、それから日本に研修生として派遣するというシステムをとっているわけです。その学校では大体2ヶ月間にわかって日本の風土になれるための訓練をしているわけですけれども、実は私、きちんとアポイントをとって取材に行ったわけですけれども、綺麗な学校があるわけです。その学校に足を踏み入れた瞬間にグランドに大勢の生徒がバーっと集まってきたわけですね。中国でよくあるんですけれども、迷彩服を着ているわけですね。上下迷彩服を着た若い男女の群れがズラーっと私の前に並んで、たどたどしい日本語で「ようこそ学校へいらっしゃいました。よろしくお願いします」と深々と頭を下げるんです。

 何か嫌な感じがするわけですね。別に国賓でもなんでもない、たかが取材者に過ぎないのに、学校の生徒が一列に並んで私に深々とお辞儀をすると、その行為そのものが私にとって非常に嫌なものであったんだけれども、それを無視して通りすぎようとすると、今度はいきなりその迷彩服姿の若者達が腕立て伏せを始めるわけです。大きな掛け声を出して「イチ!ニ!サン!シ!」と、50回の腕立て伏せを私の目の前ではじめたわけです。当然50回の腕立て伏せについてこれない女性なんかもいるわけですね。そうするとやはり迷彩服を着た教官が足でもってその女性のケツを蹴飛ばすわけです。「おらー!」と。で、その腕立て伏せが終わると今度は行進訓練を始めるわけです。

 私ここで錯覚するわけです。「これ何の学校だったっけかなぁ」と。これあくまでも研修生・実習生を送り出す学校なわけです。なのになぜ腕立て伏せと行進が必要なのか、私はたまたま目の前にいたその学校の責任者に聞いたんですね。日本で彼女ら彼らは研修・実習する為にこの学校で学んでいると聞いたけれども、なぜ腕立て伏せや行進訓練が必要なのか、そうするとその学校の校長、この校長というのは地元の河南省の党書記という肩書きを持つ人間なんですが、その地元共産党党書記兼学校長は僕にこういう風に言うんです。「日本で働くのに必要なのはなんだと思いますか。ひとつには根性です。もうひとつは忍耐です」そう綺麗な日本語で私に言うんです。私、仕事をするために必要なことは根性と忍耐と日本の経営者からほとんど聞いたことがないのに、中国で聞くことになるとは思いませんでした。その学校長は綺麗な日本語で「根性と忍耐」という言葉を確かに私に言うわけです。で、その後に彼はこう続けるわけですね。「日本では様々な厳しい現実が待っています。私たちに必要なのは日本の経営者にとって喜ばれる為の人材をつくることなんです」

 いいですか、社会主義中国の共産党書記が労働者の立場になった物言いではなく、経営者にそこまで配慮した物言いをするということに、私は驚いたわけですね。日本の経営者に喜んでもらえるための人材をつくるためにこの学校は機能しているという、その話を聞いたときに私はとってもショックでした。そうか、僕は中国は社会主義と思っていないけれども、本来中国の社会主義というのは、そういう方向を目指していたのか、という驚きとショックがあって私はその場で本当に体が動かなくなるのを感じましたけれども、つまり経営者に喜んでもらうための根性と忍耐をその学校で植え付け、そして日本に送り出して、何を言われているかというと、日本でどんな理不尽な待遇に直面しても、どんなに理不尽な働かされ方をしても決して文句を言ってはいけないぞ、ということが、その学校でその生徒の学校に叩き込まれているというわけなんです。

 だから僕はその生徒に聞きましたよ、一人一人に。日本に行ったらどうしたいですか? と聞いたら、彼らはきちんと直立不動のまんま「社長に喜ばれる為に、一生懸命働きます!」そういう決意を僕の前で一人一人直立不動のまま述べていくわけですね。いまどき日本人でこんなことする人いませんよ。ところが社会主義中国において経営者に忠誠を誓い、いかなる労働条件においても文句をいわず働くということを宣誓し、日本に向かっていると。中国ではそうした研修生・実習生予備軍が量産されているわけです。そしてそれを日本の企業が受け入れて日本で理不尽な働かせ方を強いていると、もちろん段々段々そうした口コミで中国では広まってきましたから、今中国のネットなんかを調べてもらうと、日本で研修生に就くと大変な目にあうぞと、日本で研修生になったとしても果たしてお金がたまるかどうかわからないぞ、みたいなことが最近掲示板とか、あるいは中国版のツイッターなんかでは書かれているらしくて、大分人も集まりづらくなってきたという現実はあるそうです。早晩この制度というのは僕は崩壊するのではないかと思ってはいますけれども、それでもまだ研修・実習制度というのは維持運営されている。

 最近では日本の入管当局、あるいは労働基準監督署も研修現場への監視を強めてきました。原則論から言えば研修実習生であろうが、内実は研修でも実習でも何でもなく労働者として働かせているんだから、労働者としての賃金が保障されなくてはならない。労働者としての最低限の休日、あるいは休日に働いたら割り増し賃金、残業したら残業代、これもきちんと法にのっとって払わなければならないという通達を出してはいるんです。ですから一部それを遵守する様な動きというのも最近では出てきました。これは事実です。

 ただし労働法が守られた上で研修生・実習生が働いたとしても経営者にとっては何の旨味もないんです。なぜ経営者は研修生・実習生を受け入れたか?

 それは労働法を無視してもよかったからです、これまで。労働者じゃないという前提のもとに低賃金で働かせたからこそ意味があったんです。でなければわざわざ外国人雇う意味ないですよ。日本人雇ってもいいわけです。日本人雇うだけの資力がない、日本人と同等の給料を払うだけの資力がない、だからこそ外国人を雇ったにすぎないわけですね。そうした企業にとってみると労働法を遵守してしまったら研修生・実習生の意味がないんです。せいぜい意味あるとすれば縫製業とか水産加工ではそもそも人材不足なんですね。日本人も集まらない。だから人材不足だから外国人にその穴埋めをしてもらうという意味合いはひとつあるかもしれない。それから長期雇用の義務がないわけです。研修・実習制度というのは最長3年間と定められています。つまり3年たったらそれ以上日本にいることはできないわけです。つまり3年間で確実にやめてもらえる労働者、この確保ができる。そうした2つの意味がなければこの研修・実習制度というのは全くうまみがなくなる。

 そうしたなかで少しずつ先細りになっていくのかな、と私は思っていますけれども、それでも日本では20万人近い研修生・実習生が働いている、しかも多くの場合は労働基準法に守られない低賃金で働いているという現状があるんです。

 たとえば研修生・実習生に正面から取材を申し込んで「あなた給料いくらもらっていますか」と聞いたら多分彼ら彼女らはきっと経営者の指導通りに答えますよ。「時給300円」なんて言う人はいません。なぜならば彼女ら彼らが持っている労働契約書には時給780円とか月額12万3千円とか実は書かれているんです。なぜかというとこれは入管ですとか、あるいはJITCO(ジツコ)=日本でいう研修・実習生を管理監督する為の国際研修協力機構という天下り団体があるんですが、その立ち入り調査に備えて、実は表向き労働法にもとづいた賃金が払われているという書類を多くの研修生・実習生は持たされているんですね。ですから私が初めて岐阜に行った時も「私たち時給200円しかもない。毎月1度の休みしかない」と研修生が涙ながらに訴えたときに、私は信じられなくて経営者に帳簿を見せてくれと、賃金台帳を見せてくれと言ったら経営者は喜んで見せてくれましたよ。その賃金台帳には月額12万7千円って書いてあったんです。つまりちゃんと法にのっとった賃金を与えているわけですね。私びっくりしましてね、最初は研修生の言っていることは嘘じゃないかと疑ったんです。でも何度か話をしていくうちに、経営者の側が実は、これは一応建前上用意しとかなあかんもんだから、ということを言い出してきたわけですね。で、そればかりか実はその後に労働基準監督署が強制調査に入ったのですが、そしたらやはり裏帳簿が出てきて、実際の賃金が200円しかなかったということがはっきりして、その会社は研修生受け入れ停止処分をくらってしまったわけです。そうした二重帳簿というのはどこでも当たり前の様に使われている。

 しかも先ほど言いました様に保証金、もしくは架空の借用証書という足かせによって多くの研修生・実習生は本当のことを言えない、言いたくともいえない、言ってはならないという規則の中で働かせている部分は非常に多いわけです。先ほど犯罪の温床といいました、セクハラとかいうのだけではないですね、暴力もありますし、もっとひどい例で言うと、多くの研修生・実習生が3年間その職場から離れることができないというのは保証金だけの問題じゃないんです。給与を強制的に貯金させられているからなんですね。給与をたとえば月に10万円稼いだとして、10万円全額をもらえるという研修生・実習生は僕が知っている限りほとんどいません。多く企業では現金管理を会社側が責任を持ってする、という名目のもとに強制的に貯金させているんです。たとえば月額10万円だとすれば研修生・実習生に払うのは3万円、うち7万円は貯金させられるんです。

 しかしその貯金通帳と印鑑というのは必ず管理団体、つまり受け入れの協同組合だったり会社側が預かってしまうんですね。そうすると自由に引き出すことはできませんから3年間耐えるしかないわけです。何か問題がおきたらその貯金通帳と印鑑が返ってこないかもしれないという恐怖もある。そればかりか、最近ですとこれは表ざたになった話で言えば、その強制的に預かっている貯金の中から一部を経営者が勝手に使ってしまうという事件があったんです。これをやってしまったのは元首相小渕恵三の弟なんですよ。この会社は実は刑事事件に発展して勝手に研修生・実習生の預かった貯金を会社の運営資金にあてていたということで刑事裁判になって今争われています。実はその会社から現衆議院議員の小渕優子に流れていたということで、そっちの方面でももって問題にもなってわけですけれども、この小渕さんというのも地元の群馬県で、大きな縫製工場をやっていましてね、そこで何十人という研修生・実習生を雇っていたわけですけれども、その賃金の中から8割を強制的に貯金させていたわけです。ところがその会社が非常に傾いた会社だったものだからどうしても、現金が足りなくなって研修生のお金に手を出してしまったと。それでいざ3年間のお勤めを終えて帰ろうとした時に会社側は、いろんな理由をつけてお金を返さないわけです。勤務態度が悪かったとか、生産性があがっていない働き方をしたのに何故賃金を払わなければならないのか、とごたごた言い出したと。あわてて研修生・実習生が騒いで、弁護士を頼んで調べてみた結果、そのお金が事業運営費として使われていたと、借金の返済などに使われていたということがわかって、刑事裁判となったということがあるわけですね。

 そういったかたちでいろんな形で食い物にされていく。でこうして食い物にされている以上、今度は研修生・実習生の側でも働いてもしょうがないだろうという意識が出てくる。だから当然低賃金に嫌気がさして逃げる奴もいるし、つまり罰金を覚悟で、保証金を取られることであえて逃げてしまうものもいる。あるいはこの研修・実習制度を利用して最初から保証金を取られるのを覚悟で現場から逃げ出して、たとえば歌舞伎町あたりで働いて、お金をためて何とか借金を支払って日本にオーバーステイのまま滞在するといった考えのもとに割り切って日本に来るものもいると。そうした形で内から外からこの研修・実習制度というものがめちゃくちゃな状況になっているということが言えるかと思います。

 ただ私は、外国人労働者の問題を取材する中で、この研修・実習制度が極めて特殊だなぁと思うのは、たとえば多くの外国人というのが足元を見られているわけですよね。低賃金で働かされる、外国人を雇用するというのは多くの場合には賃金の問題であったり、あるいはいつかは辞めてくれるという、つまり永久的に雇用する義務がないなど様々な理由があって外国人が雇用されるわけですけれども、この研修生・実習生は最もそうした一般的な外国人と違うのは会社を辞める権利がないということなんです。嫌だから辞めてしまえばその時点で罰金が発生する。あるいは保証金を取られてしまう。転職の自由もない。研修・実習制度というのは労働者性がほとんど認められていないので転職の自由がないんです。運がよければ優しい社長のもとで普通に働くことができる。運が悪ければセクハラし放題の親父のもとで3年間働かなくちゃならない。辞める自由もない、転職の自由もない。だからこそ私は極めて奴隷制度に近い制度じゃないかと、その様に感じているわけなんです。

 はたしてこういう制度が存続していいものかどうか、これはもう少し議論されてもいいんですけれども、どうしてもこの制度を運用する側というものが、これは国家の事業として取り組んでいるものですから、なかなか大きな議論になってこない。あるいは本来でしたら労働者の利益を守る労働組合の多くがこの問題に無関心であるということ。なぜならばさっきいいました様に、特に中国人の場合ですと中国とのパイプをもった人間がこの事業を推進してきたという歴史的経緯があります。それは何を隠そう旧日本社会党であったり、あるいはベトナムなどの研修生の問題であれば日本共産党の地方議員なども受け入れにコミットしているケースもある。あるいは各地の労働団体なんかが受け入れ協同組合の理事として絡んでいる。さらには日本でこの研修・実習制度を管理運営している国際研修協力機構という官庁の天下り団体があるんですけれども、その理事を見ますと各官庁の事務官レベルの人間の名前から、あるいは連合委員長つまり労働団体までここにかかわっている。労使そろってこの制度を維持運用する為に何らかのかたちでコミットしているという現状もあるわけなんです。

 そうした中この制度がどこに行くか、僕も非常に注視しているわけですけれども、少なくとも僕が多く接してきた中国人研修生・実習生の多くが、全てを失った時に取材者である僕にこう言うんですね。「私たち、本当に人間として扱われて来たんでしょうか」と。僕はやっぱりその言葉を重く受け止めたいと思っているわけなんです。

 今も北海道の水産加工の現場で、九州の造船所で、あるいは東海地方の縫製工場で、あるいは広島の水産現場で、あるいは千葉県の農家で、多くの研修生・実習生働いています。

 僻地ですから彼ら彼女らの顔を見る機会はすごく少ない。ですからどんなところで働かされているのか、僕ら日本人は全く内情を知ることもできない。僻地にいる以上、普段僕らと接する機会も交流する機会もない。だからこそ今も日本の地方のどこかで地場産業を支えながら、結局声をあげることもできずに低賃金を強いられている研修生・実習生がいるんではないかと、常にそういう気持ちで僕もこれからも取材を今続けていますし、できるだけそういう多くの現場に僕も接したいと思って情報を集めているところです。

 この制度そのもの、僕はこの研修制度というのはあってもいいとは思うんです。純粋に日本の高い技術を学んで母国に持ち帰るという制度はあってもいいと思う。しかし、働いている以上には人間として、少なくとも、人権というレベルの前に人格を認めた上できちんと労働者性が担保されなければならないんではないかと思っています。

 つい最近もこんなことがありました。ある静岡県の干物工場で働いている研修生が強制帰国、つまり強制的に中国に帰されてしまったんですね。なぜいかというと、その研修生は3回就業規則を破ったのでレッドカードを与えられた、そういう説明を受けたんです。これ文字通り、その会社では何か就業規則に1回違反すると黄色い紙を渡されるんです。そして3回目にはレッドカード、つまり中国に帰りなさいと。一体彼は何をしたかというと、1回目はインターネットカフェに出入りしたからなんです。で、2回目もインターネットカフェに出入りしたからなんです。彼はパソコンが好きだったんです。ずーっと中国でパソコンをやっていたんで。だから日本でもネットをやりたかった。ところがその干物工場ではインターネットカフェへの出入りを禁止していた。にもかかわらず夜間に外出をしてネットカフェに出入りした。これ2回連続でやってしまったわけですね。で3回目は、その処分に抗議して社長に詰め寄った。これが就業規則違反。それで抗議した瞬間に赤い紙を渡され中国に強制送還されてしまったわけです。はたしてこれが人間としての働き方、働かせ方として許されていいものなのかどうか、そうした議論がもう少しあってもいいんじゃないかと思っています。

 誤解無い様に言えば、きちんと運営されている、管理されている職場がないわけではない。それは事実だと思います。最近では少しずつ状況が改善してきたという話もあります。なぜならばあまりにも問題がひどいので行政が監視を強めてきた。特に労働基準監督署、あるいは地域の入管が結構抜き打ち的な検査をする様になったという状況も今年に入ってからありますので、かなり改善されてきたと言える部分もあるかもしれない。但しこれがきちんとまだやはり制度として存続し、内実は労働であるにもかかわらずいまだに研修・実習という言葉が使われている、それは一体何故なのかということを考えた場合に、やはり研修・実習である方が都合がいいとする人々がやはり多い以上、この制度は残るし、しかも制度が残った以上労働者・労働力とは違ったかたちで彼ら彼女らが活用されていく現場というのがこれからも残り続けていくのではないかと、私はその様に思っています。

 研修生、実習生は必要とされているのです。人件費を安く抑えるために、人材不足を補うために。この制度を利用しなければ存続できない企業もあるのです。誰かを犠牲にすることで、人権も人格も無視することで、ようやく成り立っている企業が数多くあるのです。果たして、これがまともな社会の姿といえるでしょうか。

 舌足らずで申し訳ございませんでした。どうもありがとうございます。

第四回「フォーラム・現代東アジア研究」開催のお知らせ

 皆さま、お元気ですか? 冷たい風と不況の嵐にぷるぷる震えて今にも倒れそうですが、なんとか堪えて日々をシノいでいる、ノンフィクションライターの小野登志郎です。
 
 第四回目の「フォーラム・現代東アジア研究」は、講師にジャーナリストの安田浩一さんをお迎えしてお話を伺いたいと思います。安田浩一さんは日本で働く外国人労働者の実態を克明に取材、活写されているジャーナリストで、小生が密かに尊敬する先輩でもあります。安田さんには、事実上の労働者であり、それも最下層で働く中国人実習生・研修生の実態について語っていただきたく思っております。

 安田さんに関する参考文献は下記です。
『告発! 逮捕劇の深層 — 生コン中小企業運動の新たな挑戦』(アットワークス、2005年)
『JRのレールが危ない』(金曜日、2006年)
『JALの翼が危ない』(金曜日、2006年)
『外国人研修生殺人事件』(七つ森書館、2007年)
『ルポ 差別と貧困の外国人労働者』(光文社新書、2010年)
『肩書だけの管理職 — マクドナルド化する労働』(旬報社、2007年) - 共著:斎藤貴男
『雇用崩壊』(アスキー新書、2009年) - 編:アスキー書籍編集部

 日時は3月5日(土)午後5時から。会場は『喫茶室ルノアール・新宿区役所横店、会議室3号室』です。時間は2時間程度を予定しております。地図は以下を参照くださいませ。http://www.ginza-renoir.co.jp/renoir/006.htm

 参加費は2000円(会場費+ワンドリンク+ちょっぴりだけ事務局へのカンパ)

 中国や中国人の問題は、海を越えたお話だけではありません。私たちが生活するここ日本においても、中国と中国人は生き働いており、そして実は私たちの社会を支えております。

 私小野は、主に不良化した中国人の問題をテーマの一つに掲げ取材、執筆を細々と行っておりますが、日本に住むほとんどの中国人は皆真面目で仕事熱心であります。そして、なんと言いましょうか、誤解を恐れず敢えて書けば「大らかで素朴な無知と逞しさ」を持った人々であると時に感じています。

 日本の地において真面目に働くそんな中国人(や他の外国人)たちを、文字通り搾り上げて維持する共同体・国家とは一体何なのであろうか。中国人実習生・研修生について見聞きするたびに、思い考え込んでしまいます。そして、今回の講師にお呼びしたジャーナリストの安田浩一さんは、この問題に最も深く潜り込み、そして告発している方です。

 とはいえ安田さんご本人は、これまた誤解を恐れず書けば「のほほんとした、何を考えているのか分からない、のんびりさ」を持ったお人です。おそらくは、ご自身が何かに噛みつかれたとしても、知らずそのまま放置するか、もしくは「ふんふん」と噛みついた相手が納得するまでお話しを聞いてくれる、そんな感じの人であります。
 
 冷たい風と不況にぷるぷると震えている私小野が、声を大にして呼びかけます。皆さま、お忙しいところとは思いますが、第四回「フォーラム・現代東アジア研究」、是非ともご参加くださいませ。ぷるぷると震えてはおりますが、心よりお願い申し上げる次第であります。

第三回「フォーラム・現代東アジア研究」報告──世界史における現代中国の位置

 フォーラムもそろそろ軌道に乗ってきた。硬派なテーマでガツガツと中国という対象に切り込みつつある我々だが、今回もスーパーハード、というか基本中の基本なテーマで中国に切り込んだ。そのテーマも、世界史における現代中国の位置、である。しかし、その基本が最も複雑だ。

 世界史における現代中国の位置。この言葉自体は違和感なく入るのだが、いざテーマを改めて設定してみると、非常に???な話ではないだろうか。中国も世界史の一部でしょ、といわれれば確かにそうだよな……と漠然と思う自分がいるのはわかるし、あとは学校の「世界史」の授業で耶律阿保機とかヌルハチとか覚えたよな、というおぼろげな記憶や、あとは毛沢東とか蒋介石はまあ知っている……というのもあるのだが、じゃあ暗記モノの世界史を超えたところで何か知っているだろうかと自らを顧みると大変心もとない。中国問題を研究、といってもその足下がぐらついていることのみばかり気づいてしまう。

 とはいえ歴史的視点無しには中国は見えない、という一点のみで勉強一筋。今回も前回に引き続き,丸川哲史・明治大学准教授のお話を伺った。
 
■「中国は否応無しに世界史の一部である」

 中国は否応無しに世界史の主要な一部である。このことをまずは認識せざるを得ない。世界人口の中に中国人が占める比率を考えてみればいいし、経済規模においてももはや米国に次ぐ世界第二位の国内総生産(2010年)を誇り、2020年には米国を追い抜くとIMFが予測するほど。
 中国の政治・社会システムはかなり特殊なものであることは否めない。ではこの中国的システムが世界の中でどのように説明されるのだろうか。

■「世界史」は誰が動かすのか 
 
 1989年から91年、冷戦構造が解体して行くなかでフランシス・フクヤマという学者が非常に持ち上げられた。彼はヘーゲル学者であって、要するにヘーゲルの「世界史」とは、「自由・理性が世界史の隅々まで行き渡る過程であって、啓蒙思想、宗教改革、フランス革命の三つを経験したヨーロッパがその原動力である」であるという定式、このヨーロッパの部分をアメリカに置き換えて適用したのである。

 要するにアメリカが世界史の主体である、という見方であるが、その上での中国観が力を持っているということだ。
 
■浮上する「北京コンセンサス」

 冷戦構造解体後のアメリカ主導型のグローバル化(「ワシントン・コンセンサス」)に対抗する流れとして、「北京・コンセンサス」が存在する。「ワシントン・コンセンサス」の特徴としては、「小さな政府」「規制緩和」「市場原理」「民営化」などの推進が挙げられるのだが、これに対する対抗軸が「北京・コンセンサス」である。「北京・コンセンサス」は、例えばロシアのプーチン政権による企業の再国有化、南米における90年代後半から00年代初頭にかけての左派政権の成立など、第三世界の国々の一連の動きの総称である。特徴としては中央集権的国家が金融権を掌握する、西側的な経済的自由や人権もある程度抑制される傾向などが指摘されている。

「北京・コンセンサス」と言われる一連の傾向は、端的に言って中国の政治方針と重なるのだが、これが世界的にコンセンサスを得ているのではないか、というのが「北京・コンセンサス」である。
 この見方はもともとアメリカの中国専門家、ジョシュア・クーパー・ラモにより04年に発表されたものだが、この見方はアメリカの中国観を表しているし、また第三世界の国々もこの視点を共有し、何よりも中国もこの視点を共有している。

 日本のメディアではあまり取り上げられていないようだが,国際的には重要な観点として、報道、議論されている。
 
■中国のナショナリズムとは

 中国のナショナリズム、その歴史的経緯を見ると、ロシア革命(1917)、ウィルソンの民族自決宣言(1919)以降の歴史を見る必要がある。

 中国は第一次大戦で戦勝国に位置したものの、日本による対中21か条要求(1915)への北京の軍閥政府の屈服、ヴェルサイユ条約における日本の山東省の権益の容認、などへの反発,また朝鮮での三一運動の影響などから、中国で五四運動が発生した。
 五四運動は中国現代史の基点とされ、日本で言えば明治維新に相当するほどの重みを持つ。

■90年目の国民形成運動

 中国のナショナリズムは国民形成の歴史である。辛亥革命で清朝を打倒したものの、国民という主体が形成されておらず、軍閥の割拠する状態に。国民意識を形成するための装置として国民党を立ち上げる。孫文曰く、「人間の心を育てるのは党」。国民革命=北伐へ。

 軍閥を打倒する過程で、内陸部軍閥の基盤である大土地所有制の打倒の必要性が生じる。土地改革を通じ共産党と国民党の連合が行われ、国民革命の中に共産革命の要素が挿入されていった。

 国民形成運動は未だ中国では終わっていない。一般的に考えて中産階級が厚く形成されること、またヨーロッパ的な意味での「市民」が誕生することが必要だが,中国の人口の多数を占める農民に市民的自由があるかというと難しい。また、国政選挙がないという現実もある。

 中国にも「日本と比べても、我々にはまだ国民形成が完了していない」という意識がある。

 皮肉にも、共産党の存在が国民形成が未だ終わっていない事の指標となっている。共産党は革命政党であり、革命が終われば党は消滅しなくてはならないというロジックがある。

■丸川さんの話をうけて

 丸川さんの話には前回に引き続き自分たちが世界を見るときに、アメリカ主導のグローバル化を受け入れることを前提にモノを見すぎてしまっていないだろうか、ということをまず考える。「北京コンセンサス」的な感覚は、実は第三世界諸国においては広く存在している、というのは、例えば中国と第三世界諸国の強い経済的結びつきなどを考えれば、おぼろげながら浮かんでくるだろう。

 また、五四運動の歴史的位置、その重みなどはもっと考えられるべきであろう。日本現代史を考える上で、明治維新のインパクトを見ないことが不可能であるのと同じほどの重みを、五四運動は持っているのである。基本的な事柄であるといわれればそれまでだが、中国を考える上で持たないわけにはいかない視点であろう。

 まったく目からうろこのお話を今回もしていただき、丸川さんには本当に感謝である。

(事務局・福田慶太 フリーライター・編集)
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